バイラム休暇でリゾート地大混雑、22キロ渋滞

2026年05月28日付 Hurriyet 紙

トルコの重要な観光地であるムーラでは、犠牲祭休暇のため交通渋滞が発生した。ムーラのメンテシェ郡から始まった車両の列はヤタアン郡まで伸び、ドライバーが渋滞の中を進むのは困難となった。バルトゥンの歴史観光地区であるアマスラでも休暇による渋滞が発生した。9日間の休暇のうち最初の5日間で、合計25,308台の車が同地区に入った。気温が摂氏20度、海水温が摂氏18度となったアマスラでは、好天に恵まれた休暇客はビーチの砂の上を歩きながら写真を撮ったり、海で泳いだりした。

ユネスコ世界遺産暫定リストに登録されているアマスラは、犠牲祭休暇中、大きな注目を集めた。歴史と自然の美しさで知られるこの地区には、9日間の犠牲祭休暇のうち最初の5日間で、合計25,308台の車両が訪れた。
レストランの海鮮を中心とした食文化と特製サラダで注目を集めるこの地区では、バルトゥン警察局の記録によると、土曜日の車両乗り入れ台数は6,808台、日曜日は3,727台、月曜日は4,534台、犠牲祭前日は4,575台、犠牲祭初日は5,664台だった。また、人口6,600人のこの地区には、5日間で10万人に近い数の日帰り観光客が訪れたことも判明した。

■アマスラ博物館へ3,000人の来館者

犠牲祭中、郡の中心部への入り口には長蛇の車両の列ができた。警察は車両をトルコ石炭協会の施設の敷地や、ビュユック・リマン海岸周辺、学校の校庭、郡庁舎前の駐車場へと誘導した。休暇客はアマスラ城やチェキジレル市場周辺で混雑したため歩くのに苦労した。
気温が摂氏20度、海水温が摂氏18度となったアマスラでは、好天に恵まれた休暇客はビーチの砂の上を歩きながら写真を撮ったり、海で泳いだりした。観光ボートで周遊した休暇客らは、アマスラ城やタヴシャン島を訪れる機会もあった。さらに、1982年に開館し、数多くの考古学的・民族学的遺物を所蔵するアマスラ博物館には、休暇期間中に3,000人が訪れた。

■ムーラでは交通渋滞が22キロメートルに及んだ

休暇でムーラにやってきた市民によって引き起こされた交通渋滞は、約22キロメートルとなった。
9日間の犠牲祭休暇を最大限に楽しもうと、人々は犠牲祭の挨拶を交わし、犠牲の動物の屠殺を終えた後、休暇先へと向かった。特に日帰り客の流入により、ムーラの入り口付近は混雑することになった。
ムーラ県メンテシェ郡で始まった交通渋滞はヤタアン郡まで続き、ドライバーの通行を困難にした。道路には長い車の列ができ、交通が完全に停止する場面もあった。
ボドルム、マルマリス、フェティエ、ダッチャといった観光地へ向かう人々が多数押し寄せたため、この地域の交通の流れは滞った。当局は運転手に対し、注意して交通規則を守るよう警告した。

■海岸は混雑が続いている

ムーラ県にある世界的に有名な観光地、ボドルムのビーチでは、犠牲祭の2日目も混雑が続いている。
世界有数の観光地であるボドルムでは、犠牲祭の2日目もビーチで賑わいが続いた。クムバフチェ、パシャタルラス、オルタケント・ヤフシなどのビーチに加え、ギュムベット、ビテズ、チュルクビュキュ、ギュンドアン、ヤルチフトリキ、トゥルグトレイスといったビーチでは、海に入る人や、ビーチチェアや砂浜で日光浴をする人たちがいた。子供たちは海岸で遊び、カヤックを楽しみながら時間を過ごす人たちもいた。気温は摂氏30度前後となったが、一部の地点では曇り空となった。
さらに、国内外からの観光客はバザールで買い物をしたり、史跡を訪れたりした。

■犠牲祭の観光客がオルデニズへ向かう道路で交通渋滞を引き起こした。

ムーラ県フェティエ郡のオルデニズ街区では、犠牲祭の休暇に集まった人々のため、5キロメートルにわたる交通渋滞が発生した。


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翻訳者:山口紗季
記事ID:62168