『キエウ伝』への愛と73の翻訳版収集の道のり
2020年09月30日付 VietnamPlus 紙
展示エリアで国内外の『キエウ伝』翻訳版を見る招待客
展示エリアで国内外の『キエウ伝』翻訳版を見る招待客

 ベトナム文学の傑作『キエウ伝 [金雲翹]』の作者である大詩豪グエン・ズー(1765〜1820年)の生誕255周年記念と没後200周年追悼の各種行事に合わせて、21の言語による73の翻訳版の展覧会「『キエウ伝』と翻訳」が9月12日から29日までフランス共和国のパリで開催された。
 これは大詩豪グエン・ズーの故郷であるハティン省出身の在仏ベトナム人である東洋文学研究者グエン・ティー・ソン・フオンさんによる収集の成果である。彼女は現在、社会科学高等研究院で仕事をしている。
 2000年にハノイ国家大学・人文社会科学大学において文学の修士課程を修了した後にソン・フオンさんはフランスに渡り、研究を続けるとともにパンテオン・ソルボンヌ大学で情報通信工学情報管理部門の修士課程で学んだ。
 フランスでのソン・フオンさんの研究は文化と歴史に拡大され、その中でフランスにおけるベトナム文学の紹介・広報とインドシナの史料の開拓を行っている。
 もともと小さい頃から文学に熱中しており、『キエウ伝』に対する愛情もあり、ソン・フオンさんは2020年に大詩豪グエン・ズーの記念・追悼行事の組織・計画を自ら立ち上げた。
 ソン・フオンさんは次のように思いを語る。「『キエウ伝』は私が小さい頃から読み、学んできた作品で、大学で文学を学び、より専門的に研究するようになりました。2018年に私はフランスで幸運にも数冊の『キエウ伝』の翻訳を買うことができ、帰国した際にグエン・ズー博物館にそれらの本を寄贈しました。本の寄贈後、フランスへ戻り、私は2020年に大詩豪グエン・ズーの記念・追悼行事の組織・企画を行おうと思いました」。
 ソン・フオンさんはベトナムではまだ知られていない『キエウ伝』の翻訳が、外国にはたくさんあることにも気づいた。「各研究者の『キエウ伝』とグエン・ズーについての研究論文も、2020年8月までは、翻訳はせいぜい30ほどと見当づけていました」と彼女は言う。「それから本については、最も多くの翻訳が収集されている場所はグエン・ズー記念館(ハティン省)で、約65冊あるのですが、翻訳されている21の言語のうち14しかありませんでした。
 文学研究所は最も多くの翻訳が所蔵されている第2の場所で、故グエン・ヴァン・ホアン教授の家族により2015年に寄付された『キエウ伝』についての所蔵本の中にあった約18〜20冊があります。
 それからフランス国立図書館のベトナム書籍の棚には、『キエウ伝』に関する貴重な史料が多くあるものの、翻訳はフランス語が6、英語が3しかありませんでした。そのため私は、2020年3月までに『キエウ伝』の蔵書を完成させられるよう、本探しに時間を集中させました」。
 強い決意のもと、収集に2年ほどかけ、ソン・フオンさんは21の異なる言語による73もの『キエウ伝』の翻訳版を収集した。
 当初の成果を前に満足と誇りを隠さずソン・フオンさんは続けた。「私は1年以上、翻訳版の探索に注力しました。収集が進むほど私は引き込まれ、完成を決意しました。翻訳の多くは非常に古く、世界各地にあったため、収集は簡単ではありませんでした。新たに出版されたフランス語・英語の翻訳を除くと残りは探すのが難しく、主に古書古本のラインから見つけました」。
 これは樽底から針を見つけるような作業である。なぜなら、すでに出版されているのか、誰の翻訳か、いつの翻訳か、翻訳書名、訳者名、出版社名が不明な言語もあり、様々な言語のキーワードで探す必要があるからだ。もし運よくウェブ上で売られている本を見つけることが出来たとしても、直接購入することは難しい。こうした場合は、世界中の友人、親戚の助けを得て、本を購入してフランスへ送ってもらったり、時にはいったんベトナムへ送ってもらい、そこからフランスへ送ってもらうこともあった。
 ソン・フオンさんによると、73の翻訳というのは大きな数である。『キエウ伝』は翻訳するがとても難しい作品で、言語の転換、詩の転換に加えてベトナムや東洋の文化についての理解も必要なのだ。翻訳者たちは皆、自らの限界を認識しているが、言語と文化の壁を乗り越えて『キエウ伝』を他の言語に転換しようとした。
 多くの翻訳は非常に巧みで、グエン・ヴァン・ヴィンによるフランス語訳や、竹内与之助による日本語訳などは、翻訳版でありつつ詳細な研究書でもある。
 ソン・フオンさんの研究によると、フランスは『キエウ伝』を最も早く受け入れた場所であり、フランス語は英語に次いで最も多くの翻訳版がある言語である。1884年、東洋言語学校のベトナム語教授であったアベル・ド・ミッシェルが行なった最初の翻訳から現在までに11のフランス語翻訳完成版がある。ここには改訂や一部訳、追加訳は含まれていない。多くの翻訳者が『キエウ伝』をフランス語からヨーロッパの他の言語にしている。
 フランスは『キエウ伝』に関する多くの研究の本場でもある。チャン・ク―・チャンやモーリス・デュラン、ホアン・スアン・ハン、ジョルジュ・ボードレール、アンドレ・ジョルジュ・オドリクールなどの偉大な学者による『キエウ伝』に関する業績や研究論文が挙げられよう。
 現在では、フランス国立科学研究センターのギルマン・アレン、エクス・マルセイユ・アジア研究所のグエン・フオン・ゴックなどの研究者らが、『キエウ伝』についての論文を書いている。
 フランスにおけるベトナム文学の書物の中では、おそらく『キエウ伝』についての書物が最も多く、特にフランス国立図書館、言語文化大学図書館、リヨンの東アジア研究所(UMR5062)研究図書館などにある。
 フランスと外国のベトナム人コミュニティーの『キエウ伝』への需要と関心について、現在仏越文化科学協会会長で、欧越文化協会副会長のソン・フオンさんは、小さい時から『キエウ伝』の一文一文を覚えている人もいるが、『キエウ伝』に触れる機会がまだない人もいると考えている。
 展覧会期間中にソン・フオンさんが特別印象深かったことは、非常に長く故郷から離れていた越僑のグループが、展覧会を見に来て『キエウ伝』の講釈を聞きたがったことで、そのため彼女はその場でこの著名な著作を読み、これについて話し合う会を開いた。
 またこの期間に、ベトナム語のボランティア教員が来て、『キエウ伝』を通じてフランスのベトナム人コミュニティーの子供たちにベトナム語を教えられないか、中でも教え方やグエン・ズーの作品を通じた価値について検討していたという。
 ソン・フオンさんは以下のように話した。「私は、『キエウ伝』はベトナム文学の傑作であり、ベトナムの誇りであり、ベトナム民族の声であるだけでなく、『キエウ伝』はベトナム人の精神であり、魂であり、心であり、昔のベトナム人の記憶だと考えています」。
 ベトナム人として、誰もが一度は原文で『キエウ伝』を読むと良いだろう。なぜなら原文のみが、いかなる翻訳も、いかなる言語も相応するものを転換できない作品の面白さ、美しさを感じ取らせる、ないしはその一部を感じ取らせることができるからだ。これはまさに、年齢は若いながら情熱が豊かな在外ベトナム文学研究者ソン・フオンさんの望みであり欲するものである。
 『キエウ伝』への愛を広め続け、フランスのベトナム人コミュニティーとフランスのベトナム文学愛好家らに『キエウ伝』にもっと親しんでもらうため、研究者ソン・フオンさんは「『キエウ伝』とその翻訳」展を開催する他に、フランスでグエン・ズー生誕255周年記念と没後200周年追悼の切手シリーズを作ろうとしている。
 ドイツの画家クラウディア・ボルヒャーとベトナムの画家ゴック・マイが描いた『キエウ伝』の挿絵を使った3000枚近い切手が、9月初めに発行された。この計画はベトナム大使館、フランスのベトナム文化センター、ベトナム文学の研究者たち、フランスや海外のベトナム研究者たちに支持されている。1500枚の切手はベトナム大使館の外交的な手紙で使われる見込みだ。
 ソン・フオンさんはまた、『キエウ伝』の翻訳版をすべて集め、同時に研究に資するよう、また正確で具体的なデータを研究者らに供給するために、翻訳の研究を行うという重要なアイデアを練っているところである。その他に、世界での『キエウ伝』とグエン・ズーの受容に関する研究テーマも実現しつつある。

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( 翻訳者:浅田大輝、千葉智洋、中村健志郎 )
( 記事ID:5492 )