後頭部や背中を撃つという脅迫から24時間:反ファシスト革命の日
2021年03月28日付 その他 - ミャンマーナウ 紙


3月27日、国軍記念日を記念して式典を開催したクーデター軍評議会は、子供を含む100名以上の平和的デモ参加者を路上で射殺した。
ミャンマーナウ

「後頭部や背中に穴が開く危険性があるということを、以前の無残な死から教訓を得てほしい」
これは、3月26日夜間国営テレビを通じて、国民がデモ抗議を行う場合、後頭部や背中から撃たれることになると、クーデター軍評議会が放った最大限の脅迫の言葉である。この発表から24時間の翌日、軍評議会による武装集団は全国の平和的抗議者に対して残酷に発砲した。国民が反ファシスト革命の日として定めた3月27日当日、軍評議会の上記の脅迫的声明が『チェーモン(鏡)』紙に掲載された。

「一部の若者は植民地主義者の手下による誘惑やそそのかしに耳を傾け、国家を崩壊させる計画に従い、人々を扇動し、反政府運動に組み込む運動に対して、ゲームをプレイするようなものだと考えて参加したいと考えている。注意するように。後頭部や背中に穴が開くような危険があるということを、これ以前に、無残な死に至った人間たちから教訓を得ていただきたい。息子たち、娘たちよ、どうか、勘違いをしないように。親たちも、前もって彼らがいうことを聞くよう、止めていただきたい。無駄に死なせないように」と公表した。

こうした発表に対して、人々は強く反発しており、ソーシャルメディアでは「国民を殺そうとする国家のなかに自分は住んでいるのだ」などと書かれていた。「彼らが本気で殺す勇気があるなら、国中すべての人間を殺戮すればいい」とヤンゴン市地サンジャウン区の通りで日々街頭抗議活動に参加している25歳の男性が述べた。
クーデターを起こした軍評議会は本日「国軍記念日」を開催したが、国民もこの日を「反ファシスト革命の日」と定め、全国でデモや行進など抗議活動を起こすよう、以前から奨励してきた。それに従い、国民たちはそれぞれの町、それぞれの通りで平和的にデモ行進を行ったが、軍評議会による武装勢力が前述の脅迫に従って、抗議活動者たちに対する激しい銃撃による弾圧を全国で行った。
軍評議会による武装集団は「反ファシスト革命の日」とさせぬよう、昨夜から全国のさまざまな町で、国民に恐怖心を植え付けようと銃撃を行っている。学校や各省庁に関する役所なども、午後には駐屯地として手中に収めた。

3月27日午後6時の時点で、全国の約40の都市で少なくとも106人が殺された。本日正午時点で、本紙により確認された死者数は、ヤンゴン管区のダラ5名、インセインユワマ5名、北ダゴン1名、ユザナガーデンシティ1名、サンジャウン2名、タウンニュン1名、フライン2名、ティンガンジュン2名計19名である。バゴー管区では、チャウダガー区ペヌエゴン、モーニョウ、パドゥで1名ずつ、ダイウー市で2名計5名なくなっている。 その他マンダレー管区ではウンドゥイン2名、メイッティーラ4名、ニャウンウー1名計11名である。モーゴゥ市では銃撃を受け亡くなった人間が2名いると、地元の人々が午後すぎに確認した。ピンウールィンでも地元民3名が亡くなった。ザガイン管区ではザガイン市で3名、シュエボー市で4名、モンユワ市で2名亡くなり、合計9名が死亡した。
シャン州ラーショー市4名、モン州チャイトー市で1名、マグウェ管区プィンピュー郡で2名、パコックで3名、エーヤーワディ管区パティンで3名亡くなった。タニンダーイー管区ダウェイで1名の死亡を確認した。死亡者のなかで、メイッティーラ市では家のなかにはいってきて銃撃し、その弾に当たって13歳の少女が亡くなっており、ザガイン管区シュエボー市では、7歳の少年が1名亡くなっている。
ヤンゴン市マヤンゴン区のタマインミョウティッ1地区では、3月27日午後1時過ぎ、軍の武装勢力の銃撃のため、遊んでいた1歳の子供の目にゴム弾が命中した。他のタウンシップでも、軍評議会武装勢力の一連の銃撃により死亡者、負傷者の数は今後増える可能性がある。
こうした数値は、軍事クーデター以来、独裁政権に反対し平和的抗議に参加する国民に対する一日の銃撃殺戮としても、最多数を記録した日として記憶に残ることになる。
軍クーデターに対する反対の意向を、国民が街頭デモにより示してほぼ2か月になるが、この間多数の国民が死亡した。負傷したり、死亡している写真がネットを通じたソーシャルメディアで、日々途切れることなく出てきており、その写真のなかには、 マンダレーで頭部を撃ち砕かれた一名の遺体の様子も含まれている。
政治囚人支援協会(AAPP)は、3月14日にフラインターヤーの出来事を含め、全国で少なくとも38人が殺害されたと述べている。軍がクーデターを起こした2月1日以降3月26日現在「春の革命」で死亡した国民は328人であるとAAPPが発表している。
ユネスコ世界遺産に登録されているバガン、ニャウンウー市でも、平和的なデモ参加者が射殺され、血が流されている。
テロリスト軍評議会のスポークスマンはそうした本日の殺戮に関するメディア各社の問い合わせに、何も応じていない。

元政治犯として投獄されたことのある匿名の人間は、ミンアウンフライン上級大将が率いる軍評議会は、国民を残虐に殺戮し恐怖統治を行う計画であると分析している。「これはウー・ネーウィンより悪い」と彼は述べている。
マサラ(ビルマ式社会主義計画党)一党独裁政権を率いたネーウィン将軍は1988年8月以前に、国民の大規模な抗議行動に対して、国軍は銃撃により切り崩すとして、次のように脅迫した。

「軍というものは、発砲する以上、命中するように発砲する。空に向けて撃って脅すということはない。だから、これ以降、集まって騒ぎを起こすというなら、再びそうしたことを起こすなら、騒ぎを起こした人間は大変な目に遭うということを覚えておくがいい。そのことを私は今日はっきり述べる」

ネーウィン将軍がそのような演説を行って脅迫してから33年、クーデターを起こした軍評議会は、後頭部と背中を撃って殺すという、最大限の脅迫として歴史に残る言葉で国民に宣言した。国民が定めた3月27日「反ファシスト革命の日」にこれほど残忍な虐殺が起こったことで今後深く心に刻むべき日となる。サンジャウン区で日々路上で抗議行動に参加している青年は次のように述べた。「人々が勝利すれば、はっきりしている。今日は間違いなく反ファシスト革命記念日となるだろう」と彼は語った。

軍による銃撃弾圧被害最多の日として歴史に残るであろう「反ファシスト革命記念日」3月27日には、成人だけでなく、小さな子供たちまでもが、銃撃の的となり流血し、命を落としたのである。

Myanmar Now 2021/3/27 23:16

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( 翻訳者:ビルマ語メディア翻訳班(TK) )
( 記事ID:5818 )