本の紹介:ダゴン・ウー・トゥンミン著『驚異の作家』(2017年6月15日 12)

2017年06月15日付 The Voice 紙
 宗教と文化に関する文学を集めて出版した本である。ダゴン・ウー・トゥンミン先生は1972年に亡くなられた。出家の世界から還俗し、仏教とミャンマーの文化に関する作品を多く執筆した人物であった。
 この本は三章に分けられている。仏教文学、文学全般、文化雑記である。記事は合計27本集められている。先生が1959年から1959年まで【訳者注-ママ】、雑誌の『ミャワディ』と『グウェダーリー』に書いた作品をひとまとめにして発行したものだ。
 表題作の「驚異の作家』は、タウンピーラー師について自身が経験した物語として書いてあるが、宗教書を基にタウンピーラー師とシュエウミン師が出会う場面を書いたのだと話していた。
 シュエウミン師とタウンピーラー師が出会う場面では、識者である僧侶2名が敬意を示して謙虚に交流する姿、仏教の慣習にならって目上の者に対して目下の者は敬い、識者を尊敬し、大切にする様子が鮮明に、くっきりと描かれている。タウンピーラー師はシュエウミン師が執筆した律蔵5巻のビルマ語逐語訳を見つけ、自身が書いた文献と内容は同じであるけれどもさらに完璧でより適切であると言って、骨を折って書いた自身の文献を燃やしてしまった。優れた識者であっても実践することがきわめて難しい、学問的自尊心の棄却であったので、驚異の作家と称賛するにふさわしい。
 ジャータカ550話に由来するカッチャーニ説話を時代小説の様式で書き直した話はとても読みごたえがある。【訳者注―息子夫妻が】年老いた母親の世話をせず、愚かにも母親を捨て追い払ったため、そのような境涯に陥った母親のドー・シュエヌエが、この世に正法などなく、もはや正法は死んでしまった、と正法の供養をしたことを面白く書いている。(「正法は死んだか」)
 キンウンミンヂーが書いた文章の中に「三宝を称賛する朗詠詩9編(ゴウンドーブエ・ルーター・コーボウッ)」というのがある。それらの朗詠詩(ルーター)は実際にキンウンミンヂーが書いたものではない。レーディーパンディータ・ウー・マウンヂーが『詩選集(ガビャー・ミンザリー)』という本を出版した際、朗詠詩が必要であったため、ダゴン・ウー・トゥンミンに力添えを頼んだ。先生は朗詠詩9編と跋文を1編書いてあげた。その朗詠詩をレーディー・ウー・コーウィダが『詩人詳伝(カウィ・バーラティー)』という本を出版した際、マンダレーのキンウンミンヂー作「三宝を称賛する朗詠詩(ゴウンドーブエ・ルーター・ガビャーミャー)」と題名をつけた。ウー・トゥンミン先生は、間違っていると手紙を書いて知らせた。回答の手紙が戻ってきた。手紙の原本が示してある。のちのち、キンウンミンヂーが朗詠詩を書いたかどうかという問題が起きないよう、明らかにして示してあることは興味深い。(「キンウンミンヂーの著作ではない」)
 とてもお気に入りの小文は、「シュエチーニョー」である。カラスに関するミャンマー人の考え、ジャータカにまつわるカラスについて知識を得ながら読むことができる。
 「多くの人がカラス【訳者注―ここではビルマ語で「チーフゲッ」、つまり、チーの鳥と表現】をチーとだけ呼ばない。チーガン、と「カン」という言葉とくっ付けて呼ぶ」と始め、どうしてチーガンになったのかを説明している。その他に、「チー」について「アウッカリーアー(不明瞭な/雑種の)」という言葉からできたきたことも書いている。カラスに関するあれこれの説明は知識になる。
 知識になるということでは、「カラウェイ船」という記事も読んでみてほしい。カラウェイの鳥【訳者注―経典に登場する極楽に棲むという鳥】の説明から、カラウェイ船【訳者注―王朝時代に国王が乗船した双胴船】をどのように使用するのかということまで完璧に説明している。ミャンマーのことに関して学んでいる人のためには大変役に立つ作品であろう。
 識者に関しても、「レーディーパンディータ・ウー・マウンヂー」のあまり知られていない面を述べている記事も含まれている。ウー・トゥンミン先生の文章を読んではじめて、レーディーパンディータ・ウー・マウンヂーがミャンマーアリン紙においてシェイクスピアの小説を翻訳していたことも知った。ウー・マウンヂー先生というと、三蔵やパーリ語といった方面の知識に秀でている識者と思ってしまう。しかし、当時の新しい知識にも精通しており、偏った頑固者でないことが良く分かった。
 「私は時代の趨勢に追いついている。近代思想を受け入れている。近代の思想家たち(西洋諸国の識者ら)の思考と同じ水準で考えることができる」とウー・マウンヂー先生が述べた言葉を、元刑事裁判官ウー・バトーの言葉に依拠して書き示している。
 ダゴン・ウー・トゥンミン先生の僧侶時代に、腹這いになって文章を書く癖のあった大作家を訪ねて会談した話も興味深く書かれている。その大作家は、「時間は最も価値あるもの。12時から5時までは仕事の時間」と大きな文字で書かれた6行の文章を自分の家に吊るしていた。麻の茣蓙に枕を1つ落とし、枕を胸の下に置き左肘で支えて伏せ、文章を書いた。その大作家も、ほかならぬレーディーパンディータ・ウー・マウンヂー先生であった。ウー・トゥンミン先生は、
 「レーディーパンディータ・ウー・マウンヂー先生は腹這いになって文章を書くけれど、彼の書く文章は安楽椅子で仰向けになって風情を味わいながら読むことのできる類の文章である」と論評した。(「腹這いになって書くけれど」)
 ダゴン・ウー・トゥンミン先生の素晴らしい作品群は、ミャンマー文化のことだけを書いているのではなく、先生の知る、敬愛に値するミャンマーの識者や作家のことも含まれている。題名がつけられた通り、驚異の作家に1人だけでなくたくさん会うことができる。ある時代の事柄やある時代の歴史を書いたり評価したりするのには、その時代に生きた人々がもっとも優れている。ウー・トゥンミン先生は、のちの時代もそのあいだの時代も全てを知っていて、読んでおもしろく、また、知識にもなるようなミャンマー文化に関する作品を書いた人なので、大変な賞賛に値する。


同じジャンルの記事を見る


翻訳者:金子愛
記事ID:3584