ヨルダン:シリア難民、貧窮と離郷の厳しさの中で過ごすラマダーン
2013年07月13日付 al-Hayat 紙


■ヨルダンのシリア難民:涙と貧窮と離郷の厳しさの中でラマダーン月の断食

2013年7月13日『ハヤート』

【マフラク(ヨルダン東部):ターミル・サマーディー】

シリア難民ラドワ・アフマド(32才)は両目に涙を浮かべ、故郷ヒムスから遠く離れて過ごすラマダーン月について話す。彼女は家族の半分をそこへ残したままで「殺人行為と大量の流血」が彼女たちを引き離したという。

ラドワは数日前、シリアと隣接する国境の町マフラク(ヨルダン東部)に到着した。彼女は気持ちを落ち着かせようとしてから、本紙に言った。「イード・アル=フィトル(ラマダーン明けの祭り)には、私も数十万人のシリア人も一緒に祖国に帰ることが出来ていればいいのですが。戦争は私たちを近隣の国々に追いやってしまったのです」

(中略)

また破れたシャツと擦り切れてちりで覆われたズボンを身に着けているムハンマド・サムラー少年(17才)は言った。「明日ではなく今日、故郷に帰れたらと願う。自由な祖国に帰るために、(シリア大統領の)バッシャール・アサド政権が崩壊することを願う」また疲れたため息の後、このように続けた。「今年のラマダーンは死と爆激と破壊の匂いと入り交じっている。断食月の到来を祝いイード祭を待つ喜びに満ちていた紛争前のラマダーンとは、まるで異なっている」ヨルダン国内に流れたのシリア人全150万人の内、約50万人の難民が、必要不可欠な支援物資の不足に不満を訴えている。

ヨルダンは今年の初めから、一日平均1,000人の難民を受け入れた。しかしこの数は、ヨルダン当局が多数の入国者の数を緩和しようとの試みで、数十の非合法の通過点の閉鎖を決断した後、大幅に減少した。ヨルダン政府は、国境の閉鎖が難民に対して門戸を開くという国際義務の放棄を意味すると認識しており、国境の閉鎖を明確に否定した。

ヨルダン政府報道官ムハンマド・ムーミニー大臣は「シリア難民の流入の増加によって我が国は大きな負担を負うだろう」と述べた。そして以下のように加えた。「われわれの同胞である難民たちに、われわれにできることはすべて提供するよう努力する。しかし、各地のキャンプにおける現在の莫大(ばくだい)な人数は、事態を深刻化させており、食料の確保や医療措置、教育における任務の遂行を困難にしている」

ヨルダン政府は、暑い夏の時期のラマダーン月には、難民に対しての人道的責任の規模が増大する。速やかな援助計画の表明が必要になると考えている。そして昨日「赤十字」は、ヨルダン東部中央のアズラク地域において、新たなシリア難民キャンプの近くに病院を設立することを公表した。同病院は8月末に開院が予定されており、13万人のシリア人の需要に応えようとしている。

「コーランとスンナ組織」のザーイド・ハンマード議長は、以下のように述べた。同組織は最近、20万人の救済に乗り出し、ラマダーン月の始まりから、およそ1,000食のイフタール食(一日の断食のあとの最初の食事)の提供を行っている。同様にスフール(夜明け前の食事)を、数日前ヨルダンの北の都市に入ったいくつかの家族に提供するなどしている。

そして以下のように続けた。「われわれはキャパシティ不足にもかかわらず、数千人のシリア人の日常の食事の提供も始めるために準備をしている。残念ながら、今月われわれが期待していた寄付金はまだ集まっておらず『私たちはイフタールがとれるのだろうか?』というスローガンの新しいキャンペーンを発足させた。われわれは5万セットの食事が数日内、数時間内にも集まるよう切望している」

また、以下のように指摘した。同議会はさらなるキャンペーンを打ち出すために活動している。そのキャンペーンの目的は難民の人々の断食明けの祭り(イード・アル=フィトル)用の衣服の確保と、彼らの子供たちへのイードのお小遣いの確保だ。故郷から離れた地できちんと断食明けの祭を迎えることができるように。



本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。

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( 翻訳者:尾崎仁美 )
( 記事ID:30785 )