カタール:カタール包囲網の長期化、解決の見通しは(4)
2020年06月03日付 al-Mudun 紙


■カタール包囲網:継続する一連の危機と解決の見通し

【アラブ政策研究センター:ドーハ】

この危機はここで終わった。サウジアラビア、アラブ首長国連邦、バハレーンの大使らはドーハに戻され、サルマーン・ビン・アブドゥルアズィーズ・サウジアラビア皇太子(当時)も、病下のアブドゥッラー・ビン・アブドゥルアズィーズ国王の代理として、2014年12月のドーハ・サミットに出席した。サミットはカタール外交にとっての大きな成功に値するものと見なされ、自国の決定の独立性を放棄することなく近隣諸国との緊張や相違を封じ込めることができたカタールの能力を示すものとされた。

その当時、第二次オバマ政権の政策により封鎖主体諸国の政府は不安な状態に置かれていたため、湾岸危機が大きな比重を占めることはなかった。オバマ大統領は第一次任期において、一定程度アラブの春の革命と協調していた。また、その圧力はフスニー・ムバーラクの排除に貢献した。その後、オバマ氏は第二次任期の中で、イランによる核開発計画の危機を解決するための協定締結を望み、同国への歩み寄りを試みた。オバマ大統領の融和的な対イラン政策や、湾岸に対する米国の排除的なムードに加え、地域的覇権を目指すイラン政治の段階的な成長は、湾岸一般における「弱さ」の感覚につながった。こうした感覚は、特に2015年にイエメンで戦争が始まり、報道、金融、軍事の面でカタールを支援する必要が生じた中、とりわけサウジアラビアやアラブ首長国連邦に対し、カタールとの対立を先送りにさせるよう働いた。

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( 翻訳者:堀嘉隆 )
( 記事ID:49241 )