イラン:政治的「聖域」――ヘゲモニー指標としてのヒジャーブ(7)
2022年09月29日付 al-Quds al-Arabi 紙
【ムハンマド・サーミー・アル=カッヤール:本紙】
もし衣服が一般的な政治的事柄であり、近い将来においてもそうであり続けるならば、衣服の反政治化を通じて「聖域から抜け出すこと」とでも呼べるものによって、女性たちがその事柄における中心的な参加者や、主権と決定権の持ち主になることができるだろう。個人の選択に干渉しないという議論が、流動的な修辞表現以上のものではないとすれば、バーチャル世界のリベラリズム的な自由社会の連合と共感に望みをかけはするが、変化を起こすことのできる主体を生み出すことはできない。
ここ20年のあいだに世界中で起こった抗議運動は、展望を欠いたものであったために苦境に陥った。さらに、代替案を提案することができず、あるいは実際に行動に移せるようなスローガンや要求を提案することさえできなかった。それらの弱さに加えて、路上や広場での運動が終わった後でさえも続くほど指標の明確な政治主体を生み出すこともできなかった。現代の抗議行動を、メディアやSNSの関心を集めたあとに忘れられるような機会の代表格にしたのは何なのだろうか。少しでも継続するような政治的影響を残すこともなく、代替権力の諸形式を打ち立てることもできていない。
(8)に続く
この記事の原文はこちら
( 翻訳者:藤原路成 )
( 記事ID:54164 )